ウフィツィ美術館でお花見はいかが?
フィレンツェの「春」と言えば、ウフィッツィ美術館のボッティチェルリの名作「春」を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?
作品の中には、ギリシア神話の神々が空を舞い、手を繋いで踊り、花を振り撒いてとても華やかなイメージとなっています。
その中で当時の人たちを感嘆させたと思われるのは、非常に丁寧にそして緻密に描き込まれた138種類(ウフィッツィ美術館発表)に上ると言われる植物たちだと思います。
植物図鑑の様な多くの種類の花が描かれた「春」は明らかにフィレンツェ近郊の植物たちを記録するために描かれたものであり、実際に「春」は、15世紀のトスカーナ近郊の植物の実態を知る上で、非常に貴重な資料になっていると言われています。
春の陽気が感じられる3月〜4月の今頃になるとフィレンツェ近郊にボッティチェルリが描いた花たちが咲き始めます。
まずいち早く道の脇や、公園の片隅でポツポツと白く咲き始めるのがヒナギクです。見た目も健気で可愛らしく、宗教画に描かれている場合は「従順な愛」が表されたりします。
そして春のボーボリ庭園を散歩するとカラフルなアネモネの花やムスカリなどが雑草として生えています。
フィレンツェ近郊の山を歩いていると不思議な形の灯台草やヘルボロスなども見かけます。
フィレンツェの街のシンボルとなったアイリス「ジャッジョーロ」ももちろん4月の終わりごろに咲き始めます。
500年続くメディチ家の柑橘(かんきつ)コレクション
さて、ボッティチェルリの「春」の中には背景に花が咲き,大きな実をつけたオレンジの木が並んでいるのに気づかれましたでしょうか?
「春」なのにまるまると育った夏の果実のオレンジが背景に描かれているのです。
それは、オレンジが昔「マーラ・メディカ(薬用の実)」と呼ばれ、それは「メディチ家の実」という意味にも繋がる為、絵の中でオレンジがメディチ家のシンボルとして使われる様になったと言われています。
ですから「春」と一緒にメディチ家の宮殿に飾られていた「ヴィーナスの誕生」にも背景にオレンジの木が描かれています。
実は、メディチ家はルネサンス期から家族のシンボルである柑橘系の木に非常に強い関心を示し始め、1400年代からコレクションし始めています。
そのコレクションは現在まで受け継がれ、ピッティ宮殿前のボーボリ庭園(世界遺産)の中には世界有数の柑橘類を集める柑橘コレクションがあることで知られています。
このコレクションをコロナ対策の為、美術館や博物館が閉館してしまってしまう前に見学してきました。
そこで、幸運にもとても親切な庭師さんに「柑橘コレクション」を説明していただくことができましたのでここにご紹介したいと思います。
この庭師さんはボーボリ庭園内の温室近くで働いているところをお邪魔して「柑橘コレクション」について質問させてもらったところ、「興味あるのかい?じゃあ、少し案内してあげよう。」となんと柑橘コレクションを案内して下さいました。
この親切な庭師さん、マッシモ・ペッティーニさんはこのボーボリ庭園で40年以上働いている大ベテランの庭師さんで、まさにこの柑橘類コレクションを専門に担当してらっしゃる方になります。
先日ウフィツィ美術館のFacebookページでこの方がコレクションを案内しているビデオが放送されていました。下記リンクで見ることができます。
マッシモさんのお話では、メディチ家が柑橘類をコレクションし始めたのは1500年代のコジモ一世からで、そして現在ボーボリ庭園にコレクションされている柑橘類の種類は120種類を超えるそうでヨーロッパ屈指のコレクションになるそうです。
その中でも特にメディチ家が珍重していたのが「ビッザリア(柑橘系の変種)」で、自然界の突然変異によって生まれるなんとも奇妙で滑稽な形の実や葉っぱなどを見て楽しんだそうです。
この「ビッザリア」という種類は、正にこのフィレンツェで1600年代半ばに発見され、柑橘類の新たな「一種」と認知されてイタリア語の「風変わりな、滑稽な」という意味の形容詞「Bizzarria(ビッザリア)」という名前で呼ばれるようになりました。
このフィレンツェ生まれの「ビッザリア」をぜひ見たくて「ここにもありますか?」と聞いたところ、「もちろん。」と言ってマッシモさんはビッザリアがある方に案内して下さいました。
このレモン庭園にある柑橘の木150鉢(ボーボリ庭園の中には柑橘類の鉢は約500点あるそうです)の中でも「ビッザリア」の木は4〜5鉢しかないようで確かに貴重なものになるそうです。
「あ、これが『ビッザリア』だよ」と見せてもらったのは、なんとも不思議な木で、よく見ると色んな形や色が違う葉っぱや実がついていて、緑色やオレンジ色の丸い実があるかと思えば、そのそばにある実は縞々の模様が入っていたり、変形したものもあったり、一本の木に複数の違う種類の柑橘類が一度に楽しめるなんとも賑やかな一本になっていました。
メディチ家の当主たちがこの自然が生み出す不思議な現象に驚き、それを愛でた気持ちが分かる気がしました。
ここで何度か本などで見たことがあったシトロン「仏の手(日本語では仏手柑)はありますか?」と聞いてみたところ「ある。ある。」と言って案内してもらうと、思わず「ひゃー!」と声をあげてしまいました。
そこにはなんとも奇妙な形の実がついていて「仏の手」と言われるだけあって指が何本もついている手がぶら下がっている様な形の実がついていました。。。
40年以上このボーボリ庭園で働いているというマッシモさんですが、お話ししている間、面倒を見ているオレンジや、レモン、シトロンなどの実や葉っぱを見ながら「ほら、見て。こんなに面白い形の実がある!」「同じ木なのに違う種類の実をつけるんだよ!」と興奮気味にお話する姿は、まるで自慢の我が子を紹介されている様でなんとも楽しい時間でした。
今でも変わらぬ愛情と情熱を持って育ててらっしゃるんだなと感じました。
そこで定番の質問「どの種類が一番お好きですか?」と伺ったところ、「あのね、私の名前がついた木があるんだよ。」と嬉しそうに一本の木を見せてくださいました。
その木はマッシモさんが発見した新種になるそうで、札に「Citrus Limon del Pettini (ペッティーニのレモン)」と書かれてありました。
メディチ家から始まった柑橘類コレクションが500年経った今でも、元メディチ家の宮殿で受け継がれている事に感嘆した1日でした。
皆さんもフィレンツェにいらっしゃった際は、世界でも珍しいボーボリ庭園の柑橘コレクションを是非是非見に来て下さい!